ニューヨーク州の検察官補、米国麻薬取締局ニューヨーク支局の法律顾问を務めた経歴を持つノア・パールマン氏が、民間に転じました。モルガン・スタンレーとニューヨークの信託会社で重要なポジションを経験し、暗号通貨(仮想通貨)業界ではGeminiでコンプライアンス最高責任者および業務最高責任者を務め、その後2023年にバイナンスに入社しました。現在は、グローバルのコンプライアンス統括責任者としてCCO(最高コンプライアンス責任者)を務めています。
「パールマン氏が公的機関を辞めて民間企業に移った背景とは何か。そして、世界最大の取引所で、どのようにコンプライアンスの文化を育み、利用者の保護と金融犯罪対策を具体的に実施しているのか。」
「バイナンスの取り組みだけでなく、業界首位の企業に課されるべき責務について考え、暗号資産業界の未来に向けた課題意識、そして日本の規制当局に期待する点について質問を受けた。」
暗号資産がもたらした転機
米国連邦検事補や麻薬取締局の法律顧問などを経て、民間企業に転職した経緯や背景について教えていただけますか?
「パールマン氏はキャリアの最初の10年間を法執行機関で過ごし、麻薬取締局の法律顧問として勤務していました。その後、14年以上にわたりモルガン・スタンレーの法務・コンプライアンス部門で働きました。同社では、暗号資産が新たなビジネス機会となる可能性を評価する委員会に参加し、そこでの議論を通じて暗号資産に大きな潜在性を感じたことがキャリアの転機となりました。」
“Winklevoss兄弟が設立したGemini取引所に参加し、コンプライアンス担当だけでなく、COO(最高執行責任者)も務めた。”
その後、バイナンスの創設者であるCZ(チャン・ペン・ジャオ)や現CEOであるリチャード・テンとお話をする機会があり、バイナンスが目指す「業界最高水準のコンプライアンスプログラムを築きたい」という、抱負に感動した。自身のキャリアにとって新たな挑戦を見いだし、2023年にバイナンスの一員として加わった。

「──バイナンスに魅力を感じた要因は、コンプライアンスプログラムの構築以外に何がありますか。」
「パールマン氏は、2つのポイントを挙げています。まず1つ目は、世界最大の取引所であることです。業界トップであるということは、規制当局が最初に注目する相手となり、規制の方向性に影響を与える存在となるということです。」
もう1つは、人員も技術的なリソースも充実していたことでした。たとえば当社では、コンプライアンス関連だけでも100人規模の専門エンジニアが在籍しています。この態勢により、最新技術であるAIなどを安全かつ迅速に導入することが可能となり、イノベーションを促進させることができます。
CEOに直属でレポート
“─ 社内の全従業員が、コンプライアンス意識を徹底させる取り組みを行っているのか。”
パールマン氏は、簡潔に説明するのが難しいと述べています。それは、暗号の世界においては多角的なアプローチが必要だからです。具体的には、主に4つの要素が存在します。
最初に、CCOの役割があります。企業によっては、最高法律責任者(CLO)や最高リスク責任者(CRO)の下に置かれることもありますが、私はCEOに直属しており、取締役会にも参加しています。これは、弊社がコンプライアンスを経営上の最も重要な課題と位置づけていることを示しています。

「次に重要なのは、社内でコンプライアンスに関する話題がどれだけ頻繁に取り上げられているかという点です。私自身、CCOとして日常的にそれについて話していますが、CEOのリチャード・テンも従業員向けの全社会議などで基本的に毎日コンプライアンスに触れています。」
「3番目に挙げられるのは、コンプライアンス部門へのリソースの投入です。現在、関連部門にはグローバル全体で約1200人が配置されており、これは非常に大規模な体制です。」
「第4の要素は、徹底した教育システムです。全従業員に継続的にトレーニングとテストを行い、トップダウンだけでなく、ミドル層から上に向けて、ミドル層から下に向けても実施しています。さらに、ボトムアップのアプローチも重視し、全方位から文化を浸透させています。」
利便性と利用者保護を両立
「──顧客保護と金融犯罪防止の関連について質問したいです。資産の安全性を確保するだけでなく、ユーザーが安心して取引できるような環境をどのように整備しているのかについて教えてください。」
「パールマン氏によれば、利用者保護は複数の側面から成り立つ総合的なアプローチであるということだ。」
最初に、健全な利用者を惹きつけるために、堅牢なKYC(顧客確認)プログラムと高度な取引監視を導入しています。さらに、利用者教育にも重点を置いており、詐欺被害を未然に防ぐ仕組みを提供しています。
「暗号通貨業界において、一般的に「利便性優先派」と「保護優先派」という対立が存在していますが、私たちは両立が可能であり、それがバイナンスが目指す方向性であると考えています。」
具体例を2つ挙げたい。
最近発表された官民連携の金融犯罪対策プロジェクト「Beacon(ビーコン)」に参加しました。こちらのプロジェクトは、盗難された資産を素早く凍結することを目的としており、加盟組織間でアラートを直ちに共有することで追跡やブロックを可能にし、詐欺被害を未然に防いでいます。
第2の仕組みは、当社独自の「ダイナミックリスクスコアリング」というものです。このシステムでは、AIを使用してユーザーの行動を詳細に分析し、リスクを細かく具体的に捉え、高精度のスコアとして数値化しています。これにより、ユーザーとプラットフォームの両方が安全かつ便利に利用できるようになっています。
AI・ビッグデータの活用と規制の一貫性
「──資金洗浄およびテロ資金供与対策(AML/CFT)において、テクノロジーをどのように活用しているかについて教えてください。」
パールマン氏は、AML/CFTにおいて、自社内で開発された技術だけでなく、外部ベンダーのソリューションも積極的に活用しています。
私たちが扱う取引量は膨大であり、世界最大の取引所としての地位を誇っています。マシンラーニングや人工知能(AI)は、処理するデータ量が増えるほどその精度が向上する性質を持っています。私たちはユーザーの行動を監視し、疑わしい取引を検知する際に、この大量のデータが精度向上に貢献し、アルゴリズムや検知モデルの多様化につながる好循環が生まれています。
AIや機械学習は、ユーザーの行動を監視し、様々な判断に活用されています。それは、「疑わしいか否か」「取引を許可するか停止するか」といった範囲まで及びます。取引量が増加すると、その効果がより大きくなるという利点があり、多くのエンジニアや技術者を投入していることも当社の優位性につながっています。
「暗号資産業界の最大の課題は、当局と民間の両者の観点から見て何か考えると?」
パールマン氏:大きく2つある。
「初めに取り組むべき課題は「教育」である。この分野は大きな発展を遂げてきたが、未だに多くの誤解や誤った理解が存在している。これらを正して、正確な知識を普及させることが重要となるでしょう。」
「もう1つは『規制の調和』です。各国が法整備を進める中、デリバティブや暗号通貨の規制は国によって異なり、分断が生じています。グローバルに展開する取引所にとって、規制の一貫性は重要不可欠です。すべてを統一する必要はありませんが、市場ごとに合法と違法が異なる状況は避けなければなりません。どうやって整合性を確保するかが、次なる大きな課題となります。»

──日本の規制当局に期待することは。
パールマン氏によると、日本は多くの国よりも規制面で先行しており、米国のジーニアス法がステーブルコインを定義するよりも2年も前から、日本はすでに法的な枠組みを整備していました。
「金融庁は、暗号資産に関する規制の明確化が重要であることを十分認識しています。ステーブルコインに限らず、明確な規則の策定に意欲的な監督機関であり、今後も業界のリーダーシップを発揮していくことが期待されています。」
「橋本祐樹によるインタビュー|文章・構成:瑞澤 圭|写真:多田圭介」