今年の1月、アメリカでビットコインETFが始まったことは、暗号資産だけでなく、投資界にも大きな影響を与えました。しかし、すでに2021年には、隣国であるカナダで世界初のビットコインETFとイーサリアムETFが立ち上がっていたことをご存知でしょうか。
カナダの暗号資産運用会社3iQが手掛けたのは、イーサリアムETFでした。このETFにはステーキング機能も追加され、アメリカ上場の同様のETFがステーキング機能を持たないことが人気低迷の原因として指摘されています。
2023年12月、マネックスグループが3iQを子会社化することを発表しました。この発表では、「機関投資家や法人ビジネスを強化し、3iQ社が持つ暗号資産関連の商品構成力を活用して、グループ企業間での相乗効果を最大限に引き出す」と述べられています。
なぜ暗号資産業界で世界初のETFをリリースできたパイオニア企業が、なぜマネックスグループの一員となる道を選んだのか、また、今後のビジネス展開について、どのような展望があるのか。さらに、マネックスが期待している事業展開とは何かについて教えてください。
来日した3iQ President & CEOのパスカル・サン=ジャン(Pascal St-Jean)氏、Chief Financial Officer, Chief Operating Officerのジョン・ロープリッチ(John Loeprich)氏に、マネックスグループ取締役兼執行役チーフ・フィナンシャル・オフィサー、3iQ Chairman & Directorの大八木崇史氏、 同常務執行役員、コインチェック専門役員、3iQ Directorの中川陽氏とともに話を聞いた。
暗号資産を規制された方法で世界中に届ける

──3iQとはどのような会社なのか。
「サン=ジャン氏は、カナダに本拠を置く暗号資産(仮想通貨)運用会社であり、世界初の暗号資産ETFを立ち上げました。現在、オーストラリアでもETFの上場に関与しています。」
「当社は、暗号資産を活用する従来の資産運用会社であると位置づけています。我々は暗号資産を伝統的な市場に取り入れることを目指す暗号資産運用会社ではありません。」
このプロジェクトの特長は、テクノロジーや暗号資産に詳しい専門家だけでなく、大手資産運用会社や大手銀行で長年働いた経験を持ち、伝統的なマーケットに精通している人材を組み合わせるチーム構成となっています。
「──なぜ世界で初めての暗号通貨資産を取り扱うETFをリリースできたのか。」
サン=ジャン氏は、カナダでの出来事をきっかけに暗号通貨の世界に興味を持ちました。その時、暗号資産は規制されていなかったため、カナダにはクアドリガCXのような大手取引所がありました。ところが突然、その取引所が破綻し、多くのカナダ人が20億ドル(約300億円)もの資産を失いました。この事件をきっかけに、デジタル資産に関する信頼性と透明性が求められると感じ、需要があることを実感しました。多くのカナダ人が暗号通貨への投資を行っていた一方で、規制当局はこれを見過ごしている傾向がありました。
「私たちは、市場には適切な製品と透明性が不可欠だと考えました。それがすべての始まりでした。誰かが立ち上がり、政府と協力して、この分野を安全かつ確実に規制し、市場にシンプルな製品を導入する必要があると考えました。当時、金融市場ではETFがカナダの市民がさまざまな口座を通じて簡単に利用できる製品であることが特に重要でした。」
「──なぜ、カナダで初めての暗号通貨資産を取り扱うETFが生まれたのか。」
サン=ジャン氏は、「私たちが存在したからだと思います(笑)。カナダはちょうど適切な市場規模でした。アメリカはあまりにも大きかったです。さらに、カナダの規制当局は常にイノベーションを推進してきたことで世界的に評価されています。つまり、カナダはアメリカよりも早く新しい製品を受け入れてきました。私たち3iQと革新的なアイデアに寛容な規制当局が適切なタイミングで揃ったことで、カナダが世界で初めて暗号資産ETFを誕生させることができました。」と述べています。
「──その後、どのような活動をされていましたか。」
サン=ジャン氏は言います:「弊チームはデジタルアセットに情熱を注ぎ、ETFの設立だけでなく、それは第1ステップに過ぎません。今後は、ミッションを継続するための取り組みを検討しました。ミッションとは、デジタルアセットを規制された形で世界中の投資家に提供することです。」
個人投資家と機関投資家は、異なる製品やスキルセット、考え方を持ち、それぞれに求められるものがある。弊社はETFを活用した成功から、将来の成長を見据えて再投資を行っており、多様な製品を市場に提供しています。2017年から2020年までの約3年間、規制当局と協力して暗号資産ETFを立ち上げました。そして今後の4年間では、その実績をもとに、多様な投資家向けにさらに多彩な製品を提供し、国内外での展開を進めていきます。
「仮想通貨関連ベンチャーへの投資を選択した機関投資家」
「──機関投資家は、現在、暗号通貨に対してどのような見解を持っているのか。」
サン=ジャン氏によれば、機関投資家たちの間で暗号資産に関する教育への需要が高まっている。機関投資家は暗号資産を所持する方向に舵を切りつつあり、私たちは機関投資家や個人投資家を問わず、彼らが暗号資産をより深く理解できる環境を整える取り組みをしている。
「2021年時点において、カナダでは、多くの機関投資家が暗号資産に対する投資を検討していました。私たちは積極的に機関投資家に情報を提供しましたが、最終的にはFTXやセルシウスなどの暗号資産ベンチャーに投資を選択しました。暗号資産に関する理解はまだ不十分であったものの、ベンチャー投資に対する理解はあったからです。しかし、残念ながら、適切なベンチャー企業の選択やデュー・ディリジェンスがおろそかにされました。その結果は想像通りのものとなりました。」
「弊社は、多くの機関投資家と取引をしてきた経験から、彼らが教育を求めていることを認識しました。そして、彼らが理解できる商品にアクセスしたいというニーズを理解しました。」
当社のETFや資産管理プラットフォームは、主に機関投資家向けに設計されています。彼らのニーズに合わせて作られており、機関投資家がこれまで慣れ親しんできた投資方法に沿っています。安心して投資できる環境を提供し、彼らが投資方法を理解しやすくすれば、機関投資家の需要はさらに拡大すると考えています。
「──米国におけるビットコインETFの立ち上げは、重要な出来事だったと言えるでしょうか。」
「サン=ジャン氏によると、最も速く成長し、最も大規模なETFが登場した。データによると、今年、フィデリティの運用資産残高の56%を占めているという。」
「ロープリッチ氏は、この領域において信頼性を確立しています。私は以前、フィデリティで働いていましたが、ブラックロックやフィデリティなどの企業は、長年にわたりリサーチを行い、将来にわたって持続すると判断した投資対象にのみ資金を投入しています。」

「──米国においては、イーサリアムETFはまだ躍進していない。」
サン=ジャン氏によると、ブラックロックやフィデリティは、この分野における最大のリスクがレピュテーション(評判)であると理解しています。つまり、レピュテーション・リスクのある資産は取引しない方針ですが、そうした方針を導入するには社内で非常に多くの検討と意思決定が必要だとされています。つまり、彼らはレピュテーション・リスクを軽視し、むしろ大きな利益と機会を見出していると考えられます。
「我々は既に次の段階に進んでおり、カナダのイーサリアムETFではステーキングが認められています。この取り組みは世界で初めてであり、米国では認可されていません。」
「ステーキングは多くの機会を生み出しています。アメリカではイーサリアムETFからの資金流出が起こっていますが、今年、当社は世界で唯一、イーサリアムETFへの正味の資金流入を達成しています。当社のイーサリアムETFは、ポジティブな成長を続けています。」
「著名なブランドを持つ大手金融機関と協力する」
──日本市場についてはどう考えているか。
「サン=ジャン氏は、日本には莫大な潜在能力があると信じています。現在は個人投資家が主役ですが、機関投資家にも多くの機会が存在することを認識しています。」
日本の機関投資家は、洗練された大規模プレーヤーであり、当社はマネックスと提携し、他国で実施してきた戦略の日本展開を目指しています。これは、規制当局への働きかけや機関投資家への情報提供、主要資産運用企業との連携を通じ、個人および機関投資家に対し、安全で信頼性の高いシンプルなプロダクトを提供することです。この取り組みは、当社の日本における長期的なビジョンであり、特に機関投資家向けに洗練された製品を市場に投入するチャンスと捉えています。
「──日本政府がWeb3を国家戦略の一部として進めていることは、市場にとって好ましいと言えるでしょうか。」

中川氏は、日本では機関投資家が暗号通貨に投資することが難しい状況にあり、法律や監督指針によって規制されている。さらに、暗号通貨ETFも投資信託法の制約を受けている。このような課題に加え、税制の問題も存在する。マネックスとしては、海外で成功している3iQのノウハウや商品作成能力を活用し、資産運用会社と協力して、どのような商品を提供できるかについて検討していきたいと語った。
サン=ジャン氏によると、3iQは暗号資産に関連する製品を提供していますが、暗号資産の運用に関する知識やノウハウがない資産運用会社に向けて商品開発をサポートしています。これが3iQの特徴であり、他の暗号資産運用会社には見られないビジネスの一例です。
「スイスやUAEでは、3iQのチームとインフラを活用して、金融機関が独自のブランド名で商品を提供している。日本でも大手金融機関と連携し、同様の取り組みを行いたいと希望しています。」
「3iQは暗号資産分野では権威ある専門家として認知されていますが、今後は一般投資家にもお馴染みの大手金融機関との連携を目指しています。」
「──日本市場に対してどのような戦略を展開する予定ですか。」
中川氏によると、現在の日本の市場は完全に個人投資家に主導されており、暗号資産に関しては主に若い世代が関心を持っている。というのも、マネックス証券のユーザー層と比べて、証券口座を持っている投資家の中でまだ暗号資産に投資している人は少ないからです。
「暗号資産ETFの登場に期待しています。暗号資産にはまだリスクを感じる人が多いですが、ETFが導入されれば、その不安を解消できると考えています。暗号資産ETFが普及し、証券会社が取り扱うようになれば、安心感が高まり、需要が増加すると期待しています。」
「機関投資家も広く暗号通貨に興味を持ち始めています。たとえば、大手機関投資家にとっては、暗号通貨に一部を割り当てても、収益に対する影響はそれほど大きくはありません。しかしながら、業法や監督指針の制約により、投資が制限されています。さらに、日本では本格的な暗号通貨のカストディ事業者がまだ不足しているという課題があります。将来的には、信託銀行がテクノロジー企業と提携して、暗号通貨のカストディ事業を展開するために環境整備が必要とされています。」
「今の段階では、一般の個人投資家が主役となると見込んでいますが、日本の機関投資家は世界的にも著名な存在です。時間はかかるかもしれませんが、一度動き出すと確実に投資を行っているため、将来的にはその分野に重点を置いて進めていきたいと考えています。」
「3iQは販売会社ではなく、商品を構築する企業であり、サン=ジャン氏が説明した通り、我々は投資家のニーズに合わせてテーラーメイドの商品を構築するために、日本の証券会社や資産運用会社と連携しています。そして、その後、我々が運用報酬を受け取るビジネスモデルを検討しています。」
なぜマネックスグループに加わったのか
「3iQという暗号資産運用の先駆者が、なぜマネックスグループに加わったのかの背景は何ですか。」
「サン=ジャン氏は述べています:私はこれまでの経歴でスタートアップ企業の創設に注力してきました。フォーチュン500の大手企業と関わるためには、一定の規模と信頼が必要だと考えています。」
「しかし、投資分野においては、大手企業からの革新的な製品開発は期待できない。彼らは既存のETFなどに注力しており、イノベーションは暗号資産に特化した資産運用会社から生まれると言えるでしょう。つまり、私たちのような企業がその源泉となるのです。」
この分野が発展するためには、個人投資家市場に加えて、機関投資家市場の成長が不可欠です。しかし、過去に暗号通貨分野に投資しようとした機関投資家は、最終的には暗号通貨ベンチャーに投資することを選びました。「3iQには感謝しています。多くのことを教えてもらいました。ただし、スタートアップに投資することはできませんでした」と述べることが一般的でした。
重要なのは、機関投資家の要望に応えるプロダクトを提供するだけでなく、世界的に認知されるパートナーと連携することであった。現在、機関投資家と協力する際には、3iQは業界のパイオニアであり、同時にグローバル企業グループの一員として位置付けられる。私たちはこの分野をリードし、規制に準拠した安全で信頼性の高い暗号資産の提供を世界中に広めるという使命を達成するために、合理的な決定を行った。
「──マネックス側には、何が背景にあったのか。」

「大八木氏は述べています:弊社はコインチェックという暗号資産取引業を保有していますが、このビジネスはボラティリティが非常に高く、この分野での収益を安定させることが望ましいと考えていました。過去、マネックス証券では資産運用型ビジネスの強化に取り組んできました。暗号資産においても同様の取り組みが可能かどうかを模索する中で、3iQとの出会いがありました。」
しかし、世界で初めてビットコインETFやイーサリアムETFを手がけた革新者という点で投資が魅力的だと感じるには至らなかった。興味深いと感じたのは、彼らが業界の将来を考え、その展望から逆算してプロダクトを考案していることである。彼らのプレゼンテーションによると、現在の収益は100%ETFによるものだが、来年の収益の約3割は今後開発するプロダクトから得る予定と語られていた。具体的には、投資家が自ら暗号資産ポートフォリオをカスタマイズできる「QMAP」がそれに当たる。
2000年頃、機関投資家はヘッジファンドへの投資を増やし始めました。彼らは数百に及ぶヘッジファンドを評価し、投資先を選定していましたが、同様に暗号資産においても同様の動きが見られると考え、数百もの暗号資産ヘッジファンドを検討し、それぞれのストラテジーに基づいて分散投資が可能な投資プラットフォームを開発しました。
「古典的な資産運用企業出身者が多いため、スクリーニングプロセスがしっかりとしており、プラットフォームへの選定プロセスも綿密に作り込まれています。ベンチャースピリットやアイデアだけでなく、プロセスもしっかりしている印象を受けました。」
当社マネックスは規模が拡大しており、柔軟でベンチャー精神旺盛な企業が加わることで、グループ全体に刺激が生じると考えました。収益の向上を期待しており、この分野で利益を上げている会社は稀であり、引き続き高い成長を期待しています。
「機関投資家向けの新しいサービスと指数連動商品」
「QMAP」に関する詳細を教えていただけますか。

サン=ジャン氏によると、機関投資家が暗号資産への投資について正確に理解するためには、ヘッジファンドの成功事例から学ぶべきである。過去20年間、投資分野で大きな成長を遂げたヘッジファンドが、機関投資家が投資する際に利用するマネージド・アカウント・プラットフォームを提供していたという。
幸運なことに、当プラットフォームの立ち上げメンバーをチームに加えることができました。また、複数のファミリーオフィスにインタビューを実施し、検証を始めました。そして、いくつかの問題点が浮かび上がりました。
投資する際には、一つの案件に過度なリスクを負いたくないため、複数の投資先を持つことが重要です。この分野には多くの投資機会があるため、投資ポートフォリオを多様化することが求められます。しかし、現在の状況では全てを網羅することが難しいのは、データベースが不十分であるからです。
「次に、投資先の慎重な検討があります。たとえば、多くのファミリーオフィスがFTXの破綻によって影響を受けていました。リスクの高い先を避けるために、慎重な分析が不可欠です。さらに、投資先を分散させるときには、手数料が重なってしまう可能性もありますので注意が必要です。」
「市場検証を通じて、機関投資家がこれらの機能を望んでいることが明らかになりました。この事実から、イノベーションを続けるための方向性が明確になりました。同様に、ETFのステーキングについても同じことが言えます。」
要するに、成長に向けて我々が注力すべき大きな要素は2つあります。それは、機関投資家向けのマネージド・アカウントとETFステーキングの提供です。これら2つの取り組みにより、機関投資家を市場に引き寄せ、この分野を発展させることが可能となります。
「暗号資産投資戦略を展開したいと考えるが、グローバルな構造や規制環境について理解が追いついていない資産運用会社が少なくない。我々は、彼らが直面する多くの課題を解決していくことを目指している。」
「──CoinDeskとの協力により、CoinDesk 20インデックス(CD20)に連動するファンドの設立も発表されています。」
サン=ジャン氏によると、QMAPは機関投資家向けの商品であり、一方で個人投資家向けの製品として、インデックス投資が注目を集めていると述べられています。暗号資産市場においても、ビットコインETFやイーサリアムETFに続くプロダクトとして、暗号資産インデックス商品が考えられていますが、このような商品がどの規制当局によって承認されるか、また選択基準は問題となっています。
個人投資家をクライアントとする投資アドバイザーは、投資リスクの分散が重要視されています。その観点から、インデックスは非常に重要な要素となります。
自社で開発することもできたが、グローバル規模でインデックスの導入を検討したときに、CoinDeskが提供するインデックスは、ガバナンスプロセス、チームの経験、考え方、そして暗号資産の普及をどれほど真剣に考えているかという点で最も優れていると判断した。CoinDesk 20 Indexに連動するファンドは、暗号資産におけるS&P500になると確信している。
「世界中の規制当局と協力しながら、できるだけ多くの市場にインデックス商品を導入する取り組みを進めていきます。2つの有力ブランドやチームが連携し、このプロジェクトを世界規模で展開することを期待しています。」
「──3iQは2012年に設立されました。その時点でビットコインは既に存在していましたが、イーサリアムはまだ生まれていなかった時期でした。」

「ロープリッチ氏は、創業から12年が経過した。彼の創業者は、投資分野で革新的なサービスを提供したいとの考えを持っていた。2016年ごろから暗号資産に注力するようになり、当時、世界中で新しい資産クラスを調査中に、暗号資産に焦点を当てるようになった。」
「2017年に我々はカナダで初のデジタル資産運用会社として認可を受けました。一部の企業は規制を回避して市場参入を試みましたが、私たちは規制当局と協力する道を選んで勝利しました。その結果、世界初の暗号資産ETFの実現に繋がりました。」
「私は以前からヘッジファンドやオルタナティブ投資に関わっており、アクティブ運用プラットフォームの重要性を理解していました。QMAPは、業界トップクラスのプラットフォームです。開発に2年以上かかりましたが、容易な作業ではありませんでした。全てが規制され、従来の金融市場とは異なる状況でした。」
「暗号資産の普及は世界各地で異なる段階にあり、それに伴う規制も異なります。非常に精巧なメカニズムが必要ですが、私たちはETFにはない独自の競争優位を持っていると考えています。ETFは私たちが作成したものを容易に模倣できますが、QMAPはそうではありません。そして、マネックスグループに加わったことで、さらなる競争上の優位性を築くことができると考えています。」
「渡辺一樹によるインタビュー:増田隆幸が執筆し、多田圭佑が写真を撮った」